▲家の外観は、できるだけシンプルなデザインを希望した施主。予算の都合上、内部面積は必要最小限に。そして3台の車を格納できるガレージとカーポート、さらに来客が多いので臨時駐車場としても使える中庭が必要。何しろ車が大好きなので、家のどこにいてもその存在を感じられ、とはいえ心地よい距離感を保てる生活の場というイメージに。設計時は夫婦二人だったので、今後変わっていく家族構成に応じられる自由度が欲しいと希望したそう▲家の外観は、できるだけシンプルなデザインを希望した施主。予算の都合上、内部面積は必要最小限に。そして3台の車を格納できるガレージとカーポート、さらに来客が多いので臨時駐車場としても使える中庭が必要。何しろ車が大好きなので、家のどこにいてもその存在を感じられ、とはいえ心地よい距離感を保てる生活の場というイメージに。設計時は夫婦二人だったので、今後変わっていく家族構成に応じられる自由度が欲しいと希望したそう

外観とガレージ内部のギャップが楽しい白亜の邸

神奈川県藤沢市にあるK邸は、南欧のリゾートを思わせる白亜の豪邸だ。約70坪というゆとりの敷地をもち、住宅街の角地という好立地を生かして建てられている。ぐるりと建物全体を眺めてみると、植木などの緑がアクセント程度にあるだけで白い壁面がひたすらまぶしい。外のカーポートに収められた濃紺のアウディだけがまるで唯一の有機体であるかのようだ。どこから眺めても瀟洒な佇まいで、ハイソサエティーな暮らしぶりがうかがえる。

ところが……。玄関を挟んで反対側にはガレージがある。そのシャッターを開けると、そこにはオイルの匂いが漂う男っぽい世界が広がっていた。格納されているのは紛うことなく走り屋仕様のRX-7とハチロクだ。2台の「マシン」の周辺はメンテナンス用の工具やケミカル用品、スペアのタイヤなどが所狭しと置かれている。まるでチューニングガレージの一角のようで、瀟洒な外観とのギャップが面白い。

ガレージ背後の扉の向こうには、普通乗用車ならば2台は並べられるほどのスペースの中庭があり、アウトドア用のテーブルとベンチが置かれている。ここに腰掛けて見上げると、青い空と白い雲。それ以外の外界の様子は一切目に入らない。車好きの仲間たちを集めて、ここでバーベキューをしながらの車談義は、さぞかし楽しいものだろう。ガレージの上は広いバルコニー。日常は洗濯物を干すスペースとして使っているようだが、ここから見える丹沢山系は美しく、穏やかで静かな時間を過ごすには格好だ。

設計を担当した建築家の相坂研介さんに話を伺う。

K邸は、車が占める面積が大きいようだが、こだわった点や苦心した点は?

「Kさんは(居住スペースから)車が近いことを望まれていましたが、奥さまはそれほどではない。そこで、ガレージとリビングルームとの間に広い中庭を挟みました。奥さまからは車をいじるKさんの様子が見えつつ、同時に外壁で囲まれた家族だけの大きな空が視界を占めます。便利さとリビングルームの開放感を両立することができました。また、車のための中庭以外にも、対比的にホッとできる緑の中庭も設けました」

複数の動線によりガレージと居室が巧みに絡み合う

ガレージ後方のスペースは、車談義をするためだけの場所ではなく、もともとは家族のコミュニケーションを図ることが目的だったわけだ。また、「緑の中庭」とは、カーポート側に設けられたもの。アウディ背後の扉を開けると10畳程度のスペースがあり、そこも静かで外界の人工物が目に触れない空間となっている。

もうひとつ、K邸には珍しい仕掛けがあると案内されたのが、2階のいちばん奥にあるゲストルームだ。ここの床は中央部分から二分割が可能で、ワイヤーケーブルで吊り上げることで2階の床が消え1階のリビングルームが高い吹き抜けになるという。実際に動かしてもらうと、ほとんど無音のまま数分で作業は完了した。

この可動床を採用した経緯は?

「延床面積の上限がコストや車の面積で決まるなか、必要な部屋を必要なときだけ用意し、できる限り容積いっぱいに広々と過ごしてもらう仕掛けとして発案しました」

具体的にはどんなメリットが?

「お客さまのいない客間や、お子さん2人めを考えた子供部屋などは持て余してしまう空間です。それらを2階に配し、不要なときは床を上げてしまえば、日常的に使う1階のリビングルームの容積に加えることができます」

床を折り畳んだ状態で1階に下りてみると、たしかにリビングルームの開放感が一気に広がっている。

コストを重視した設計のなかで、この造作は相当お金がかかっているのだろうというのは杞憂で、「もともと鉄骨構造なので、差額は70万円ほど」。また、床下部が脱輪する恐れはないのか、という心配も「脱輪などはまず考えられません。下の階の照明ボックスを兼ねた二本の梁が、地震時などどんなに可動床が揺れても落下を防止します」と、リスク管理も万全だ。

あらためて住空間から車への動線を見てみよう。居室を背に玄関の土間に立ち、右手の扉を開けるとRX-7とハチロクが格納された趣味のガレージへ。左手の玄関ドアからはカーポートのアウディへと続く。もちろん、リビングルームから中庭を通ってガレージにも行けるし、子供部屋経由で「緑の中庭」を抜けてカーポートにも至れる。複数の動線が絡み合いながら、しかしそれは家族のコミュニケーションと趣味の世界とを見事にバランスさせている。まさに、Kさんと家族の希望を巧みに現実のものとした相坂さんの手腕が生かされた作品であるといえるだろう。

▲屋外のカーポートは、玄関の動線上にある。幅、奥行きともに十分なスペースがあり、大型サルーンでもOK▲屋外のカーポートは、玄関の動線上にある。幅、奥行きともに十分なスペースがあり、大型サルーンでもOK
▲カーポートの後方には、中庭が設けられている。ここは、外界からは完全に遮断された空間 ▲カーポートの後方には、中庭が設けられている。ここは、外界からは完全に遮断された空間
▲ガレージと外のカーポートは、玄関を挟んで繋がっている。複数の動線が絡み合っていることもK邸の特徴だ▲ガレージと外のカーポートは、玄関を挟んで繋がっている。複数の動線が絡み合っていることもK邸の特徴だ
▲バルコニーから見下ろした様子。ガレージ後方は外界から遮断された穏やかな空間▲バルコニーから見下ろした様子。ガレージ後方は外界から遮断された穏やかな空間
▲2階の客間にあるこの仕掛け。壁の中にはワイヤーケーブルとウインチが仕込まれ、昇降は柱の中に設けられたスイッチで操作する▲2階の客間にあるこの仕掛け。壁の中にはワイヤーケーブルとウインチが仕込まれ、昇降は柱の中に設けられたスイッチで操作する
▲床の中央部分をワイヤーケーブルで引き上げると、1階リビングルームが高い吹き抜けの部屋に変身▲床の中央部分をワイヤーケーブルで引き上げると、1階リビングルームが高い吹き抜けの部屋に変身
▲1階リビングルームから見上げた様子。吹き抜けとなることで、一気に明るく開放的な空間に変化 ▲1階リビングルームから見上げた様子。吹き抜けとなることで、一気に明るく開放的な空間に変化

【家族を繋ぐ空間を大切にする家 設計・相坂研介設計アトリエ】
■車の台数から外部が先に決まり、予算から面積の上限も決まっていきますが、そんなかなでも家の中に行き止まりのない立体的な回遊性をもたせることと、消去法的に残されたリビングルームの開放感を最大限に引き出すこと、そして将来の家族構成に応じる自由な住宅を目指しました。家族間にプライバシーがあるように、ある程度車との距離感を作ることで、より楽しいガレージライフが送れるのではないかと考えています
■主要用途:専用住宅
■構造:鉄骨造
■敷地面積:214.00平米
■建築面積:109.44平米
■延床面積:163.14平米(ガレージを含む)
■設計・監理:相坂研介設計アトリエ
■tel:03-6380-9140

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正


※カーセンサーEDGE 2014年6月号(2014年4月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています